結婚して10年も経って、
38歳の時に本格的に不妊治療を開始した。

30歳くらいの頃、一度病院に通ったことがあるけど、
今ほど不妊治療についての情報が少なく、
周りに相談できる人もいなかった。

この時は、1人で勝手に傷つき、
あまり協力的でない夫に不満を持ち、辛かった。
だからアラフォーになるまで、本腰を入れられなかったというのもある。

でも、どこかにまだ大丈夫という気持ちがあって、
やる気になればできる、
子供がいなくてもいいかなと気持ちが揺れていた。

でも、芸能人が不妊治療をブログに書いたり、
周りの友達が病院に通い始めたりして、
私もやってみようと思った。

このまま年をとると産めなくなるかもしれないという
現実に直面して、急に焦り始めた。

時間はあったはずなのに、
なんで今まで行動に移さなかったんだろうという後悔も感じつつ、
過去は取り戻せないので、これからできることを真面目に考えた。

まずは、とりあえず家から近い不妊専門の病院に行ってみた。

働いていたので、会社を休まなくてはいけないことが大きなストレスになったが、
自分の中の優先順位を不妊治療と決め、
会社には申し訳ないけど、突然のお休みや半休を何度かとることになった。

一番近くにいた女性の先輩だけには、不妊治療中と告白した。
幸い、先輩がとても心の広い方で、病院を優先を快く受け入れてくれた。
この先輩がいてくれて、本当にラッキーだった。

やっぱり自分一人ではどうにもならないことって、あるものだ。

不妊治療の病院の初診は1ヶ月後。
そんなに混んでいるものかと驚いた。

初診までの間、基礎体温を付けるよう指示された。
毎朝、婦人体温計で図るのだけど、うまく図れているのか、
これであっているのか、よくわからないままとりあえず図った。

後になってわかったけど、多少のご誤差は大丈夫。
高温期の時は、ある程度の温度になるし、
低温期の時は、何度図っても高温期ほどは上がらない。

ストレスをためるのも良くないと思い、
あまり気にせず、ありのままの体温を記録していった。

いよいよ初診。デリケートな問題だから、
最初は、結婚何年目?と聞かれただけで泣きそうになる。

もっと早く来なくてすみませんという気持ちになったが、
誰の人生でもない私の人生。
平均と違っても、強気にいこうと思った。

一度は夫婦2人だけの生活でもいいと思ったので、
妊娠したらラッキーという楽な気持ちで挑もうと思った。
まずは、卵管が通っているか検査する卵管造影。

案の定、私の仕事の都合なんて無視したスケジュールを告げられた。
鬼の心で会社を半休した。

ネットでは、すごく痛いという口コミもあり、
緊張していたが、全く痛くなかった。

腕の良い医者だったのかもしれない。
卵管は、「なんとか通ってますね」だって。「なんとか」ってどういう意味なのかな。
でもまあ良かったかな。

卵管造影をした周期はゴールデン周期と呼ばれて、
妊娠しやすいという噂がある。

年齢も結婚年数も、けっこういっているので、タイミング法は試さず、
いきなり人工授精から始めることにした。

費用は人工授精が17,000円くらい、
前後の診察・注射などを合計しても、1周期20,000円ちょっと。
これくらいなら出せない金額ではない。

働いていると一番気になるのが、病院のスケジュール。
私が行っていた病院は朝10:00から、途中休憩があり、最終受付は18:30。

人工授精をする周期の通院は、だいたい以下のような感じ
・(生理から)7日目: 排卵誘発剤の飲み薬をもらう。私の場合はセキソビット
・11~13日目くらいに1~2回: エコー。卵子の大きさを確認。人工授精の前であればHCG注射
・14日目くらい(排卵日): 人工授精
・16日目くらい: HCG注射
・18日目くらい: HCG注射

注射やエコーだけの日は、会社が終わってから病院へ。
人工授精当日は、会社はお休みか半休することにした。

日程は、1~2日前にしかわからないので、
「明日やりましょう」と言われることもあり、
会社の都合をつけるのが大変なときもあった。

夫は、人工授精当日に自宅採精。
月に1度、この日だけは、なんとか仕事の都合をつけてもらった。
出張なんかと重なると、どうしても無理なので、その周期は諦めたこともあった。

3回目の人工授精後、
生理予定日頃に、体温がぐんと上がった。

これが噂の二段上がりかとテンションがあがり、
これは絶対妊娠したなと思った。

妊娠検査薬(本当は1週間後から判定できるもの)
を使用したところ、薄~く陽性。

妊娠の可能性がある場合、
高温期3週間後以降に病院に来るよう言われていたため、
あと1週間の我慢。

生理予定日から2日目くらいには、匂いに敏感になった。
串揚げを食べていたら、
突然匂いが気になって食べられなくなったりした。

すっかり悪阻のつもりで、妊婦気分になっていた。
意外とあっさり妊娠できて、嬉しかった。この時は・・・。

この時期、病院以外にしたことは、
布ナプキンと伊勢神宮へのお参り。

伊勢神宮内宮の出口の手前右側に、子安神社というのがある。
少しわかりにくく、小さい神社だけど、さすが伊勢神宮だと思った。
神頼みもやってみるものだと思った。

しかし高温期3週間目頃、病院に行くと、着床はしているとのこと。
でも、先生のなぜか表情はさえなく、まだ早すぎたのかなと思った。

その後、1週間おきに2回通院したところ、
週数に比べて成長が遅く心拍も確認できないので、
今回はダメかもしれないと言われた。

まさかの告知だった。
そんなことってあるんだ。
待てば必ず大きくなると思っていたので、ショックだった。

友達も流産していたし、
友達の友達も流産したという噂を聞いていた。
高齢のリスクは、出産前から始まっているんだと痛感した。

納得はしたけど、受け入れるには少し時間がかかり、
私の場合は少し成長が遅いだけなんじゃないか
という期待を捨てきれずにいた。

ネットでいろんな記事を読みあさると、
最初は成長が遅かったけど、
次の週にはぐんと大きくなって無事出産した人の記事とか、
赤ちゃんを信じて頑張りましょうといった記事。

もしかしたら私も、次に病院に行く頃には、
通常の大きさまで成長しているかもしれないと期待したが、
10週目くらいで、流産の手術をしましょうと言われた。

自然に流れるのを待つか、手術をするか、選択権を与えられた。

「出血しても、血が止まらないことはないから焦らないでね。」
「救急車を呼ぶ必要はないから。」
などとアドバイスを受けた。もう流産で決定なんだ。

数日考える時間をもらい、またネットを見まくった。
自然の場合、ありえないくらいの痛みが襲ったとか、
子宮内に少し残ってしまい結局手術したとか、
出血量がすごく多かったとか・・・。

怖くなるような記事ばかり目につき、
会社にいるときや1人でいるときに激痛と出血に襲われたら大変だし、
やはり手術をすることを選んだ。

流産の手術って、
中絶手術と同じ要領なんだということを初めて知った。

事前に渡された同意書に、自分の名前と夫の名前を書いた。
自分がこんなことになるなんて思ってもみなかった。
せっかく私のお腹に来てくれた赤ちゃんにもなんだか申し訳なかった。

まだ高温期の体温だったので、
本当に流産なのかという気持ちも捨てきれなかったけど、
専門医が言うんだからきっとそうなんでしょう。

手術当日は、全身麻酔のため、
前日の夜から水も飲んではいけないと言われた。

ご主人と来る人が多いようで、
ご主人様は?と2回も聞かれた。

前日に1人で来ますと言ったのに、
看護師の間でこの情報が共有されていないことにイラっとした。
心身ともに弱ってるんだから、何度も同じこと聞かないでよ!

うちの夫は、この日、なんと出張。
でも、自分の仕事の都合と、週末をくっつけて数日間ゆっくり休みたかったから、
夫の都合は考えずに日程を決めた。仕方ない(後でかなり八つ当たりをしたけど)。

流産手術なのに1人で来た自分がなんだかすごく可哀想に見えた。
でもネットでも1人で行ったという人はけっこういたから、大丈夫。
不妊治療を始めてから、ネットから受ける影響はなかなか大きい。

流産手術当日。
最初診察をし、子宮口を広げるものを入れ、しばらく待機。

いよいよ手術台に移った。
点滴から麻酔を入れられ、
看護師さんと一緒に1・2・3と数を数えたんだけど、
急に目の前が暗くなり、落ちたって感じ。

そこから何分間眠っていたかわからないけど、
事前の知識からの予想では、気付いたらベッドにいると思っていた。

ところが、ぼんやり目が覚めてきたとき、まだ手術台の上にいた。
先生はまだ処置中。
麻酔が途中で切れたんだと思い、焦りまくり。

激痛が襲ってくるんじゃないかと思い、思わず看護師さんに聞いた。
「目が覚めたんですけど、いいんですか?」精一杯の言葉。
うまく言えてたかは、今となってはわからない。

看護師さんに「痛みは感じますか」と聞かれ、「いいえ」。
不思議なことに痛みはなかった。
後で、最小限の麻酔で処置するため、ギリギリの量しか入れていないと説明をうけた。
それ最初に教えてよっ。

手術後は、まだ手足は動かず、ストレッチャーで病室まで運ばれた。
ストレッチャーからベッドへは自分で移動できた。

この後、2本点滴を受けて、終了。
麻酔は切れているはずだけど、なんだかフラフラするし、
激しく動いてはいけないようなので、どうやって帰ろうか悩んだ。

結局、病院も家も駅から近いので、電車で帰った。
でもやっぱり、階段の上り下りも辛く感じたので、タクシーにすれば良かったと、少し後悔した。

流産の手術後4ヶ月くらい、生理の周期が戻らず、
不妊治療をお休みし、周期を治す治療をした。

治療と言っても、薬や漢方を飲むくらいで、
特別なことはやらなかった。
基礎体温をはかるのも、適度にサボったりした。

少し妊活に対する意欲が低下したりもした。
今のところ、夫婦2人で楽しいこともあるし、
身軽に旅行にも行けるし、お酒も飲める。
今は今で楽しいのだ。

でも実家に帰る機会や、親戚が集まる機会があると、
このままではダメだと改めて思う。

田舎の親や親戚は意外と残酷だったりする。
20代の子に話しかけるように、
「○○ちゃん、子供はいつ?」なんて平気で言われる。

もうアラフォーなんですけど。流産したばっかりなんですけど!
と言いたいところだ。
なんて答えたらいいのか、わからなくなる。

実は、なるべく親戚には会わないようにしてきたけど、
どうしても避けられない時もある。

流産後のタイミングで、冠婚葬祭とかあるんだよね。
似たような立場じゃない限り、既婚で子供がいない人に、
子供はつくらないのかなんて聞いちゃダメだと思う。

今どきのマナーだわ。新婚ならまだしも、結婚して数年経っていたらなおさら。
聞かれても全ては言えないし、たまにしか会わない人になんて言いたくもない。

流産してから、5ヵ月くらいして4回目の人工授精。
私は子宮内膜が薄いといつも言われるんだけど、この周期はまあまあ良かった。

いつもは排卵日前日~2日前で7.8mmくらい。
この周期は、9.2mmくらいあった。

子宮内膜を厚くする方法は結局よくわからないままだけど、
しばらく治療を休んだからか、食べ物がよかったのか。

ちょうど夏の時期で、テレビでトマトが体に良いって言っていたから、
毎日トマトを食べていた。

もしかして、トマトのおかげ?
冬食べると体を冷やすけど、夏野菜を夏食べるのは悪くないと聞いたことがある。

いつもより子宮内膜が厚かったので、
かなり期待をしていたけど、あえなくリセット。

ここからが長かった。この後、5回も人工授精をして、全てリセット。
途中から体外に切り替え、転院を考え始めていた。

転院は、徐々に信頼できなくなってきたいたというのが大きな要因。
最近は、情報があふれていて、何を信じていいのかわからないことがある。

そんな時、ネットは見ないで先生にまかせておこう、と何度か思ったけど、
前回私が言ったことを忘れていたり、
何度も同じことを聞かれたり、記録してないの?と思うようなことが多々あり、
不信感が芽生えていたから。

私の顔なんかは覚えなくていいから、経緯や方針くらいは、きちんと把握していてほしい。
忙しいのはわかるけど、それがプロってものだと思う。

転院を考えていたころ、
ちょうど夫が転勤になり、円満転院するには良い機会だった。

知らない土地ではなく、
もといた場所に戻ったので、ラッキーだった。

今度こそ、体外受精に踏み切ろうと思った。
前の病院には、紹介状を書いてもらった。

封がしてあって何が書いてあるのかわからないけど。
多少役に立つんだろうか?

次の病院は、かなり有名なところ。初診は案の定、1か月先。
ちょうど仕事も辞めたので、初診までのんびり過ごすことに。

初めて鍼灸院にも行ってみた。
気休めだと言う人もいるし、大切だと言う人もいるけど、
何もせずにのんびりするのも、落ち着かず、
「不妊治療」とHPに大きく書いてある鍼灸院にした。

鍼をうってもらうと、むくみがとれて顔がすっきりとした。
今まで血流が悪かったんだと改めて感じた。
顔がすっきりするのは、嬉しい誤算。
美容にもいいのかもしれない。

最初は7~10日に1回くらい通院するようにとのこと。
回数が多くなると、出費もかさむ。
これから体外受精をすると思うと、大赤字だった。

でも、今しかできないことだから、しばらく頑張ろう。
鍼灸院で、良い卵には良いアミノ酸が必要だと言われて、お酢を飲むことにした。
はちみつが入っていて、飲みやすいタイプのもの。
もうすぐ初診、緊張する。